海洋研究所海洋物理部門では, 研究課題の一つとして, 海底近くを流れる深層循環の研究に力を入れています。 およそ2000m以深の深層での海洋循環は, 風によって駆動される黒潮等の表層循環とは違って, 高緯度域で冷やされ重くなった海水が 深く沈み込むことによって起きています。 大がかりな海水の沈降は, 大西洋の北極側のグリ−ンランド周辺と南極近くのウェッデル海で 生じており, 形成された深層水は南極周極流に乗って南極の周りを東向きに流れ, インド洋さらには太平洋に運ばれます (図1)。 これらのことは40年以上前に既に示されていますが, 海底地形を無視して模式的に書かれた図1では, 特に北太平洋の循環は現実とは大きく異なっています。 観測デ−タに基づく研究によると, 北太平洋に入った深層水は, 多くは北西海盆を経由して最終的に北東海盆に流入し, そこで湧昇して深層循環が終わります。 北太平洋北東海盆が深層循環の終着点なのです。

図1.深層循環の模式図(Stommel, 1958; Deep-Sea Res., 5, 80-82)。
大西洋の南北両端にある黒丸が,
海水の沈み込み地点,すなわち深層水の形成地点を示している。
このように大まかな深層循環像はわかっていますが, 海流がどこをどれだけ流れているのかが 精確にわかっているわけではありません。 大西洋で沈み込んでから北太平洋に到着するまでに 周囲の水との混合によって海水の特性が薄れており, 塩分も溶存酸素も高いといった深層水の特徴を北太平洋で測定するには, CTD (電気伝導度・水温・深度プロファイラ−) や 採水の化学分析に高い精度が要求されるという難しさがあります。 さらに複雑な海底地形のために, 南太平洋の西端域を北上してきた深層流が, 南緯10度のサモア水路を通過した後に どのように流れているのかさえも精確にはわかっていません。 この点が,まず明らかにしなければならない大きな課題です。

CTD観測風景
そのために, 私たちは白鳳丸KH-99-1次研究航海 (1999年1月14日〜3月4日) で 図2の測線A〜DにおいてCTD観測を行いました。

図2.海洋研究所海洋物理部門が,
1991年から1999年の間に行ったCTD観測の測点(赤丸)と
世界海洋循環実験WOCE (World Ocean Circulation Experiment) で
実施されたCTD測線 (青線)。
測線Aでは, 図3〜5のようなポテンシャル水温(圧力の影響を除いた水温), 塩分,溶存酸素の断面分布が得られました。 図の右端部(北緯14度〜18度)がウェ−ク島水路に繋がる部分で, ここの海底近くに最も冷たく, 塩分と溶存酸素が表層以外で最も高い水が存在します。 この水は深層水の特徴を最もよく保っており, 深層循環によって運ばれてきた水と考えられます。

図3.白鳳丸KH-99-1次研究航海で観測された
測線Aでのポテンシャル水温(°C)の分布。

図4.測線Aでの塩分の分布。

図5.測線Aでの溶存酸素(ml/l)の分布。
私たちが1991年以降にとったCTDデ−タを総合して 海底近くの塩分分布を描き(図6), 海底地形を考慮すると, 高塩分水の場所から5000m深付近の深層流の最も深い部分が 青矢印のように流れていることがわかります。

図6.図2の赤点のうち水深が4000m以上の点における海底付近の塩分分布。
細線は5000m等深線。
青矢印は,塩分値と海底地形から結論される5000m深付近の深層流の流路。
4000m深と3000m深付近の等密度面上での溶存酸素の分布は, 図7と図8のようになります。 この深度の海底地形は5000m深とは大きく異なり, 深層流はメラネシア海盆を通過することができます。 4000m深では, 溶存酸素の高い水がメラネシア海盆とその北西の東マリアナ海盆に存在し, 深層流が図7の青矢印のように流れていることを示しています。 3000m深になると,メラネシア海盆の西方にある東・西カロリン海盆にも 高酸素水が存在し, 深層水のほとんどがこれらの海盆や東マリアナ海盆を経由して フィリピン海に流入していることを示しています(図8)。

図7.4000m深付近の等密度面(σ4=45.870)上での溶存酸素(ml/l)の分布。
細線は4000m等深線。
青矢印は,酸素値と海底地形から結論される4000m深付近の深層流の流路。

図8.3000m深付近の等密度面(σ4=45.820)上での溶存酸素(ml/l)の分布。
細線は3000m等深線。
青矢印は,酸素値と海底地形から結論される3000m深付近の深層流の流路。
循環の下流になるほど海水の特性が薄れるので, 北太平洋高緯度域では流速計による直接流速測定の重要性が一段と増します。
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| 係留系(左)と係留作業風景(右) | |
これまでに4000m深付近での深海測流は, 図9に示す地点で行われ, 図10のような平均流速が得られています。

図9.4000m以深での深海測流の測点。
海洋研究所海洋物理部門が実施した測点を赤丸
(現在測定中のものはオレンジ)で示し,
それ以外(米国とドイツによる)を青丸で示してある。

図10.図9の測点での平均流速。
図9にオレンジで示した測点の係留系は,2000年2月に回収する予定。
それまでは?。
図10と図11からわかるように, 日本列島の東側を南北に走る日本海溝,伊豆・小笠原海溝, マリアナ海溝の深層には, 西側斜面を南下し東側斜面を北上する流れが存在し, 私たちは海溝内を反時計回りに廻る渦と考えています。 日本海溝のさらに東方に存在する西向流あるいは北西向流が, 南太平洋から北上してきた深層循環の流れであろうと考えています。

図11.伊豆・小笠原海溝を北緯34度で東西に横切る断面での,
2000mを規準にした地衡流速(cm/s)。
正が北向き,負が南向きを表す。
海溝の西側(日本列島側)斜面に南向流,東側斜面に北向流が存在する。
深層流の流速変動を明らかにするために, 私たちは白鳳丸KH-99-1次研究航海で,図9のオレンジの地点, すなわちメラネシア海盆西側斜面の5点とウェ−ク島水路の2点に 係留系を設置してきました。 1系に4〜5台の流速計を付け,2000m以深の流速を測定しています。 これらの係留系の回収は, 2000年2月に海洋科学技術センタ−の海洋地球研究船「みらい」で 行う予定です。 そして,図10の?に平均流速の解答を与え, 流速の変動特性を調べることにしています。 さらに,流速デ−タとCTDデ−タ (国際研究計画WOCEや 私たちの観測でとられた水温や塩分,溶存酸素, 栄養塩等の高精度海水デ−タ) を総合的に解析することで, 熱帯から亜寒帯までの北太平洋の深層海流の全貌を 明らかにしていこうと考えています。