この文書は, 1998年海の日に実施された東京大学海洋研究所一般公開における 海洋物理部門の出展物 の一部(ポスター)を HTML 化したものです. 「海の日」のポスターは, 左右におかれた2枚で構成されていましたが, ここでは上下2段としています. 画像をクリックすると拡大図が表示されます.


日本東方海域における海洋深層循環

海洋物理部門

海流は海水とともにさまざまなものを運ぶため、海洋学の基礎的な情報で す。たとえば、海面付近の流れは船の運行、魚の漁獲、沿岸の汚染問題な どに深く関係しています。しかし、海の深さは 6000m 以上もあり、その ような深海にも海流があります。この深層海流が運ぶ熱は気候の大きな要 素であり、深海に溶け込む二酸化炭素やフロンなどの行方は地球温暖化の 鍵であることから、近年、注目を集めています。けれども、海洋観測は海 面から行われるため、深層海流の調査は容易ではありません。 ここでは、深海の流れを探る方法について紹介します。

CTD観測

CTD とは、これを使って測る電気伝導度(Conductivity、塩分を計算)、 水温(Temperature)、深度(Depth)の頭文字からつけられた名前です が、最近は海中に溶け込んでいる酸素量も一緒に測ることができるよう になりました。CTD をワイヤーの先につけ、船から海中に沈めていくこ とで、各量について右図のような海底までの鉛直分布が得られます。 さらに、これをいくつかの測点について繰り返すことで、下図のような 断面図(北緯38度線に沿う東西断面図。見やすくするため、水深1000m で上下に分割)を作ることができます。
酸素
塩分
水温
鉛直プロファイル

水温(℃) 塩分(psu) 溶存酸素(ml/l)


(m)
38N水温断面 38N塩分断面 38N酸素断面
経度 経度 経度
このように水温・塩分・溶存酸素の値は水深あるいは場所で異なります。特に、 塩分や酸素には局所的に大きな値や小さな値があり、海水を特徴づけています。 したがって、似た特徴の水の分布を調べることで、その海水がどこから来てどこ に行くかを推測できます。また、水温と塩分をもとに水圧を計算し、その水平分 布から海水の運動を求めることにも役立ちます。 CTD を 6000mまで沈め、再び 船に引き上げるだけで6時間ぐらいかかりますが、係留観測に比べればはるかに 手軽で広範囲に行えます。 とはいえ、海流そのものを測定しているわけではな いので、おおまかな分布しかわかりません。


直接測流

流速を直接観測する方法のひとつに係留系を用いる方法があります。流速計 をガラス玉やおもりとつないで船から海中に投入します。海中では系はおもりで 海底に固定され、ガラス玉の浮力で立っています。回収するときは、船から音波 で指令しておもりを切り離し、ガラス玉の浮力で系を海面まで浮上させます。

われわれは96年11月から97年9月までの間、日本海溝をまたぐ北緯38度の観測 線上の5点に流速計を係留し、深層の流速を観測しました。下のグラフはそのう ち2点での流速を一日ごとに平均して東西成分と南北成分の時間変化を表したも のです。

M1流速時系列 M3流速時系列
海溝の西側斜面上(観測点M1)の流速変化を示しています。 南北成分についてみると南下する方向が優勢で、 平均流速は南西方向に 1.3 cm/s です。 海溝の東側斜面上(観測点M3)の流速変化を示しています。 こちらは北上する方向が優勢です。 平均流速は北向きに 4.5 cm/s で、西側斜面上とは逆向きです。

深層の循環像

直接測流から得られた平均流速を図中に赤い矢印で示します。CTD 観 測の結果も合わせて総合的に見ると、海溝の西側斜面では南下し東側 斜面では北上するという、海溝の中心をはさんで対向した流れがある ことがわかりました。87年から96年にかけて行なわれた伊豆小笠原海 溝上の観測結果も同様のことを示しています。青い矢印のように海溝 に沿って脈々と流れる深層流があることが考えられます。また、海溝 の東方の地形のなだらかな場所には平均として西向きの流速が存在す ることも明らかになりました。海水が東から海溝に流入してくること が考えられます。
循環イメージ