論文発表

北太平洋中央部に南北にそびえる天皇海山列を深層水はどのように横切るのか

成果概要

北大西洋に端を発する地球規模の深層循環は, 北西太平洋を通過し, 北東太平洋で終焉するとされています. 北西太平洋と北東太平洋は 南北に連なる巨大な海底山脈である天皇海山列によって隔てられています. 東京大学大気海洋研究所の柳本助教らは気象研究所と共同して, 天皇海山列の中でもっとも深い切れ目(メインギャップ)の中央部に1年にわたって 係留系 (注1) を初めて設置し, 白鳳丸や気象庁凌風丸による詳細な船舶観測データと合わせて 係留観測の結果を解析し, メインギャップが西から東へ抜ける深層水の重要な経路であることを 明らかにしました. 深層循環の正確な描像を得ることで, 深層循環がキーポイントとなっている地球温暖化の予測にも大きく貢献することが 期待されます.

発表内容


図1.北太平洋の海底地形とこれまでに解明されてきた深層循環の経路. 東経170度付近に天皇海山列 (Emperor Seamount Chain)が南北に連なる. 破線は未解明の流れを示し, 特にはてなマークのついた破線矢印が本研究で解明するメインギャップ (Main Gap)の深層水の流れ.

北大西洋グリーンランド沖で冬季の冷却によって表面から海底まで海水が沈み込むことに端を発する地球規模の深層循環は, 3000mを超える深海を這うように流れ, 南極環海や南太平洋を経て, 日本列島の東に広がる北西太平洋に流れ込み, さらに北東太平洋で終焉を迎えるとされています. しかしながら北西太平洋と北東太平洋は南北に連なる巨大な海底山脈である天皇海山列によって隔てられており, 深層水がどのように通過するのかが大きな疑問でした. その中で北緯40度付近にあるもっとも深くて広い切れ目 (メインギャップ)は, 水深6000mに達し, 100kmの幅を持つ, 通過点として有力な候補の一つとされてきました (図1). しかし, 既往研究による流速観測は極めて断片的であり, 1980年代にメインギャップの南に位置する海山の急な斜面で係留系による観測が1度なされ, 2000年代に白鳳丸のCTD (注2)に取り付けた流速プロファイラ (注3)による瞬間的な観測が1度なされただけでした. 図1のはてなマークのついた破線矢印の東向きの流れが恒常的に存在するのか, 存在するとすればその流れはどこからやってくるのか, 解明すべき点として残っていました.


図2.メインギャップ (Main Gap)周辺の海底地形と本研究で得られた海底50m内の流速分布. ME1とME3は係留系で得られた時間平均の流速. HおよびRで始まる矢印は, それぞれ白鳳丸KH-16-3次航海と凌風丸RF1206次航海の流速プロファイラ観測で得られた観測時の流速. 潮汐の卓越するME1の周辺は流速プロファイラによる流速の向きはまちまちであるのに対して, 中規模変動の卓越するME3の周辺は比較的同じ方向にそろっている (ME3の平均流速と向きが違うのは白鳳丸の観測時にたまたま西向きに流速が変わっていた).

そこで, 東京大学大気海洋研究所の柳本助教らは気象研究所と研究チームを組み, 流速計を提供しあって, メインギャップにて係留観測を実施することにしました. 係留系を設置する場所としては流れが海山の影響を受けない比較的平坦な中央部に定め, 2016年6月に白鳳丸KH-16-3次航海で2系の係留系を設置し, 2017年6月に北大水産学部おしょろ丸航海で回収するまで1年にわたって深層流の連続観測を実施しました. また, 海山を1つ隔ててメインギャップの南隣にある, 最大水深5200m, 幅30㎞ほどの深い切れ目 (ここではスモールギャップと呼びます)にも念のため1系係留系を設置しました. 非常に残念なことにメインギャップの1系は切離装置の応答がなく回収できず, さらに, 回収できた6台の流速計のうち3台が記録メモリの不調により記録なしに終わってしまいました. しかしそれでも, メインギャップの水深5895mの地点で5445mと5855mの深さにおける流速と, スモールギャップの水深5213mの地点で5163mの深さにおける流速を1時間間隔で取得することができました. その結果, メインギャップには, 平坦部であっても, 平均で2.1±0.6 cm毎秒という微弱ながらも統計的に有意な東向き流速があることがわかりました (図2のME1). 変動は潮汐が卓越しており, ほかの海域ではよく見つかる数十日~数か月という長い周期の変動 (いわゆる中規模変動)は非常に弱いことがわかりました. 潮汐に揺られながら少しずつ東へ深層水が流されていくイメージです. それに対してスモールギャップでは平均で9.2±1.9 cm毎秒という深層流としては比較的強い東向き流速が見つかり (図2のME3), 潮汐よりも中規模変動が卓越しており, メインギャップの流動とはかなり異なっていました. 房総半島沖から東向きに流れてくる表層の黒潮続流が近くを流れており, 日本近海よりはだいぶ弱まっていると考えられるもののその影響が示唆されます.


図3.海底直上のポテンシャル水温 (圧力の影響を取り除いた水温)の分布. 白鳳丸と凌風丸の2航海のほかに公開されているデータを用いた.

本研究ではさらに2016年の白鳳丸KH-16-3次航海や2012年の気象庁凌風丸RF1206次航海による詳細な船舶観測データ (CTDと流速プロファイラ)を用いて, メインギャップとその周辺の海域において, 水温, 塩分, 溶存酸素量といった海水特性と流速の分布を解析しました. その結果, メインギャップやスモールギャップを東向きに通過する深層水は, 深層循環で北太平洋に入ってきた直後の新しい深層水 (注4)よりは, 北西太平洋の北部にある古い深層水 (注4)に近いことが判明しました (図3). 深層循環で北西太平洋に運ばれてきた深層水は図1の南からの破線のようにすぐにメインギャップを抜けて北東太平洋に入るのではなく, いったん北西太平洋を北上してから, 図1の北からの破線のように北緯40度まで南下してメインギャップを抜けていくという経路を取ることがもっともらしいことがわかりました.

深層循環は, 北大西洋や南極周辺の極域で冷やされた非常に冷たい海水を地球のほぼ全域に運び, 表面から加熱され続けている海洋を下からクールダウンしてくれる, われわれが生きる地球環境を維持するために欠かせない巨大な自然のシステムです. 現在地球温暖化が世界的な課題となっていますが, 地球温暖化の予測に用いられる地球規模の海洋数値モデルは, 本研究で明らかにしたような幅100kmやそれよりも狭い切れ目を持つ複雑な海底地形を縫うように流れる深層流を正確に再現するには至っていません. 重要と思われる海域で係留観測や船舶観測を実施して深層循環の実態を明らかにしていくことが今後もまだまだ必要です.

用語解説

注1: 係留系
長いロープに流速計などの観測機材をとりつけ, 何百kgという重たいおもりで海底に沈めた装置. ブイを多数つけて海中で系を立たせる. おもりには切離装置をとりつけ, 船から音波を発しておもりを切り離し, 表面に浮かんできた系を回収する.
注2: CTD
水温, 塩分, 水圧を計測する装置で, 船舶観測においては伝送ケーブルで海中に吊り下げて表面から海底付近までの分布を船上のPCに記録しながら計測する. 海水に溶け込んだ酸素 (溶存酸素)の量を測るセンサーも搭載されている.
注3: 流速プロファイラー
一定の周波数の音波を発し, 海中の浮遊物などで反射する音波の周波数がどの程度ずれるか (ドップラー効果)によって海水の流速を計算して得る流速計. 音波を遠くに飛ばすことで距離100mまでの流速を数mごとに一挙に計測する.
注4: 新しい深層水/古い深層水
北太平洋の深層水は南からやってくる深層循環によってもたらされるもので, 北太平洋で新たに作られるものはない. 深層循環で運ばれてきたばかりの「新しい深層水」は北大西洋由来の低温で塩分の高い海水だが, 徐々に周囲の水と混ざって, より高温で塩分の低い「古い深層水」となっていく.

発表雑誌

雑誌名
Journal of Oceanography, Vol. 78, 2022, pp. 163-175
論文タイトル
Abyssal current and water mass in the Main Gap and an adjacent Small Gap of the Emperor Seamount Chain
著者
Daigo Yanagimoto*, Masatoshi Miyamoto, Eitarou Oka, Toshiya Nakano, Yasushi Takatsuki & Hiroyuki Tsujino
DOI番号
10.1007/s10872-022-00639-4
アブストラクトURL
https://link.springer.com/article/10.1007/s10872-022-00639-4

問い合わせ先

柳本大吾
daigo@aori.u-tokyo.ac.jp