気候変動を予測するための全球リアルタイム海洋観測
−Argo計画の紹介−


東京大学 海洋研究所
海洋研究開発機構 地球環境観測研究センター
岡 英太郎



(このページは、2007年1月26日に海洋研究開発機構 東京事務所で行った、「第12回東京事務所セミナー」の講演内容に基づくものです。一般向けの講演のため、厳密には正確でない部分もあります。その点、ご了承ください。)



海洋研究開発機構(JAMSTEC)地球環境観測研究センターはJAMSTECに7つある研究センターのうちの1つで、その中には5つのプログラムがあり、海洋・大気・陸域の観測を行っています。私は気候変動観測研究プログラムの下のArgoグループに所属しています。このページでは、私たちのグループで行っている全球海洋監視システム、Argo(アルゴ)をご紹介します。この観測はもちろん私たちのグループだけで行っているわけではなく、二十数カ国が参加している大掛かりなものです。Argoがどのような観測か、そもそもなぜこのような観測が必要なのか、Argoによって何が分かったのか、そしてArgoは今後どのような発展性を秘めているのか、といったことを順にご紹介します。


目次:

  1.気候変動予測を行うためになぜ海洋観測が必要なのか?
  2.海洋内部の循環をどのように調べるか?
  3.Argo計画
  4.Argoによって何が分かったのか
  5.Argoの未来
  6.おわりに


1.気候変動予測を行うためになぜ海洋観測が必要なのか?

予備知識のない方のために、非常に基本的な話から始めます。

地球は太陽からの日射により暖められています(図1: 下の図をクリックすると、別ウィンドウで大きな図が開きます)。同時に暖められた地球は、赤外線の形で熱を宇宙空間に放出しており、日射とのバランスが成り立っています。このエネルギー収支の緯度ごとの分布を見ると、地球が太陽から受けとるエネルギーの量は(太陽が高い位置にある)低緯度側で大きく、(太陽が低い)高緯度側で小さいですが、地球が放出するエネルギーの量には緯度間でそれほど大きな差がありません(図2)。つまり、差し引きすると、地球は熱を低緯度域で余計に受け取り、それを高緯度域で放出しています。しかし、低緯度域が無限に暖まり、高緯度域が無限に冷えることはありません。これは、大気と海洋が(大体同程度の)熱を低緯度から高緯度に運んでいるためです(図3)。

図1 図2 図3

海洋表層では図4に示されるように、時計回り・反時計回りの大規模な循環がいくつも見られます。これらの循環の中では、黒潮のような暖流が低緯度側から暖かい水を高緯度側に運び、逆に親潮のような寒流が高緯度側から冷たい水を低緯度側に運び、その結果、熱が赤道から極へと運ばれています。これらの海洋循環は、湧かしている最中のお風呂の水を手でぐるぐると上下にかき混ぜて温度を均すのと同じことをしているわけです。

図4: 海洋の表層循環(Schmitz, 1995)

大気と海洋はそれぞれ熱を低緯度から高緯度に輸送するだけでなく、海面を通じて互いに熱をやり取りしています。一般に黒潮に接する本州南岸のような暖流域の沿岸は温暖・湿潤な気候となり、親潮が流れる東北沿岸のような寒流域の沿岸は冷涼で乾燥した気候となります(図5)。ここで注意してほしいのは、大気が海洋に影響を与えているのではなく、主に海洋が大気に影響を与えているということです。これは、海洋と大気ではもっている熱の量が格段に違い、海洋が大気の約1000倍の熱を貯えているためです。(例えば、もし海洋全体が100分の1℃だけ冷たくなり、そのとき海洋が放出した熱が大気を温めるのに使われた場合、大気の温度は10℃上昇します。) そのため、海洋のちょっとした変化は大気の大規模な変化を引き起こします。よい例が皆さんもよくご存知のエルニーニョ現象です。これは太平洋東部熱帯域の海面水温が上昇する現象(図6)ですが、これが発生すると大気の循環が大きく変わり、世界中で気温が高い・低い、あるいは雨が多い・少ないといった異常気象が発生します(図7)。

図5 図6: 97-98エルニーニョ現象最盛期
(1997年11月)の月平均海面水温
平年偏差 (気象庁HPより)
図7: エルニーニョ現象に伴う
天候の特徴(気象庁HPより)

海洋と大気は持っている熱の量が違うだけでなく、変化の時間スケールも異なります。天気は1週間程度でめまぐるしく変わりますが、海洋の大規模な変化の時間スケールは数十日以上と長いです。つまり、海洋は大気に比べてゆっくりと変化します。そのため、私たちが普段新聞で見るような数日程度の天気予報を行うときには、海洋の影響を考慮する必要はそれほどありません。しかし、季節予報とか、数年後、十年後、百年後といったような長期の大気変動を予測する場合は、海洋の影響が無視できなくなります。大気の長期変動を正確に予測するためには、海洋の状態を継続的に監視することが不可欠なのです。

大気から見た海洋というのは海面であり、その海面の状態(例えば、図8の海面水温分布)は衛星により、リアルタイムで観測されています。よって、今どの海域の海面水温が何度で、それが平均的な状態と比べてどの程度高いか、低いか、といったことは精度よく分かります。しかし、海水は水平方向だけでなく、鉛直(上下)方向にも動いています。すなわち、海洋のもつ熱(より正確には熱の偏差)は水平方向だけでなく、鉛直方向にも伝わります。そのため、今後の海面水温を予測するためには、海洋内部の三次元的な循環を把握する必要があります。しかし、衛星観測は電磁波を用いるため、海面より下のことは分かりません。

図8: 2006年10月の全球海面水温平均分布
(NASAのHPより)


2.海洋内部の循環をどのように調べるか?

それでは、海洋内部の循環や熱輸送を把握するために、何を観測すればよいでしょうか。最も基本的な物理量として挙げられるのが、水温と塩分濃度(以下、塩分と略)です。この2つが分かると、海水の密度が計算できます。海水は冷たいほど、塩分が濃いほど密度が大きく(つまり重く)、温かいほど、塩分が薄いほど密度が小さく(軽く)なります(図9)。そして海洋では、水平方向に密度差があると、それに応じて流れが生じます。その理屈を、少々長くなりますが説明しましょう。図10は横から見た図ですが、今A地点では海水の密度が大きく、B地点では小さいとします。同じ重さの海水を比べると、体積はBの方が大きいので、海面はB地点の方が高くなります。もしこのような海面の傾きがあったら、水はどのように動くでしょうか。普通に考えれば、B地点からA地点の方に水が流れ、海面が平らになります。その理屈を考えますと、海の中の同じ高さ(図11の緑の破線)で比べた場合、B地点の方がA地点よりも上により多くの海水が乗っているので、圧力が高い。よって圧力が高いほうから低いほうへ水が流れ、水平方向の圧力差を解消しようとします。

図9 図10 図11

しかし、数十キロ、数百キロという大規模なスケールでは、水はそのようには流れません。それは、地球上で動く物体には地球の自転の影響で、コリオリ力という見かけの力が働くためです。コリオリ力は北半球なら運動方向に対して直角右向き(南半球なら直角左向き)に働きます。(野球のピッチャー(図12)の投げるボールもホームベースに届くまでの間にコリオリ力により、ほんの少しシュート方向にずれます。ただし、野球のボールの場合、運動時間が地球の自転周期に比べて非常に短いため、ずれは1mm以下です。) よって、もし北半球において海面が図13のように傾斜しており(上の図と同様にBの側が高い)、黒矢印の向きに海水が流れたとすると、その流れに対して働くコリオリ力と圧力差を解消しようとする力が釣り合うようになります。このように、大規模な場では、海面の傾きがあると、その傾斜を下る方向ではなく、海面の等高線に沿うような方向に流れが生じます。流れの向きは北半球なら海面の高い方を右に見るような向き、南半球なら左に見るような向きで、海面の傾きが大きいほど流れも速くなります。このような流れを専門用語で地衡流(ちこうりゅう)といいます。

図12 (写真は「えびっち」さん提供) 図13

このように、水温と塩分を観測すれば密度の分布が計算でき、それから流れの強さと向きが求まります。この流れの計算は海面のみならず、海洋内部についても同様にできます。そして、求まった流速に水温をかけると熱輸送が、塩分をかけると塩分輸送が求まります(塩分の移動は見方を変えれば淡水の移動であり、私たちは普通、淡水輸送と呼びます)。このように、海洋内部の水温・塩分の3次元分布が継続的に観測できれば、気候変動予測に必要な最低限の情報が得られます。

しかし、海洋の観測は容易ではありません。数年前まで、水温・塩分観測の大部分は船舶を用いて行われてきました。船で現場まで行き、図14のような大掛かりな測器をワイヤーで吊って海底まで下ろし、水温・塩分の鉛直分布を測るわけです。この作業には深さ6000メートルの海だと1回4〜5時間かかり、大変な労力を必要とします。そのため、Argo以前に観測された、入手可能な全ての高精度水温・塩分観測の分布(図15)を見ますと、沿岸域ではそれなりに数がありますが、外洋の多くの海域(特に南半球)では10度格子に100点以下と非常に少なくなっています。これでは、海の平均的な状態を知るのがやっとであり、時間変化を調べるのは到底無理です。さらに、船舶による観測は季節にも左右されます。冬の中・高緯度は冷たく重い中層水や深層水(ここでの深層水とは、いわゆる「海洋深層水」とは異なり、水深5000〜6000メートルの海底近くを流れる水のことです)が形成されるため、海洋循環にとって非常に重要な場所ですが、海は基本的に図16のように非常に荒れており、船舶による観測は容易ではありません。このように、観測船を使って水温・塩分の3次元分布を継続的にモニターするのは、観測船の数をたとえ現在の10倍、100倍にしたとしても極めて困難です。

図14 図15: Argo以前に観測された、
入手可能な全ての高精度
水温・塩分データの分布
図16: 初春の海洋観測風景
(遠洋水研 植原量行氏提供)

このような状況の中、90年代後半にプロファイリングフロートと呼ばれる画期的な自働観測装置が開発されました。これは、直径20cm、長さ1.2m、重さ25kg程度の円筒型の測器(図17)で、頭には水温・塩分センサーと通信アンテナを搭載、お尻のところに外付けされたゴムの袋に円筒内部からオイルを出し入れすることにより(図18)体積を変え、浮力を変化させることで自働的に浮上・沈降します。フロートは通常は深さ1000mを漂流し、10日一度深さ2000mまで沈降したのち、水温・塩分を測定しながら海面まで浮上します(図19)。そして海面で衛星にデータを送ったのち、深さ1000mまで再び沈降します。このような観測を約4年間、150回程度くり返すことができます。フロートは流れに身を任せているため、位置が少しずつ変化してしまうという欠点がありますが、季節・海域に関係なく観測を続けられます。フロート観測はコストパフォーマンス面でも優れています。フロートの値段と4年分の衛星通信費などを合計すると250〜300万円程度で、観測1回あたり2万円以下の計算です。これは船舶観測と比較すると、非常に安価です。

図17 図18 図19: Argoフロートの動き


3.Argo計画

このプロファイリング・フロートを用いた「Argo計画」を、1998年に米国の海洋学者Dean Roemmichが提唱しました。これは、フロートを全世界の海洋に3000本、緯度経度3度四方に1個の割合で展開し、深さ2000mまでの水温・塩分3次元分布を10日間隔でモニターしようというものです。この計画は十数ヶ国が参加して、2000年に開始されました。

各国の努力により、フロートの数は年々増加(図20)。2006年末には2771本と、目標の9割をついに超え、フロート観測網は開始から7年目でようやく完成に近づきつつあります。また、参加国も当初の10数カ国から20数カ国に増えました。日本は米国についで2番目に多い380本のフロート(図中、紫色のドット)を、北太平洋を中心に南太平洋、インド洋、南大洋など世界各地に展開中です。

図20: Argoフロートの分布(上から、2002年6月、2002年末、
2003年末、2004年末、2005年末、2006年末)

フロートから得られるデータの例を図21に示します。縦軸は圧力、すなわち深さで、海面から2000mまでの水温・塩分とそれらから計算された密度の鉛直分布です。観測層の数は100程度です。これは、衛星へのデータ転送速度との兼ね合いで決まっています。フロートは10日サイクルのうち海面に半日程度滞在するのですが、滞在時間が長いほどデータが沢山送れる反面、海面付近の水によりセンサーが汚染される危険性が増大するのです。(もっとも最近では、データ転送速度が非常に速い衛星電話イリジウムを用いた、観測層数500程度のフロートも登場しています。) データは簡単なエラーチェックを受けたのち24時間以内、つまりほぼリアルタイムで各国の気象機関に送られるほか、インターネットを通じて一般ユーザーに公開されます。以前は海洋の観測データは測った人間が使うのが基本でしたが、近年ではデータは人類共有の財産であるという考えから、公開するのが世界的な流れとなっています。

図21

日本におけるArgo計画は、2000年に政府のミレニアム・プロジェクト「高度海洋監視システムの構築(ARGO計画)」としてスタートしました。これは2000〜2004年度の5年間のプロジェクトで、文科省と気象庁、海上保安庁が連携し、他の省庁や機関、大学などの協力のもと、実施されました。JAMSTECは文科省の実施機関として、フロートの事前調整(図22)や得られたデータの品質管理、データセンターの運営などを行い、日本のArgoのみならず国際Argo計画においても中心的な役割を果たしてきました。ミレニアムプロジェクトは2005年3月に終了しましたが、その後も関係省庁・機関・大学の協力関係は維持されており、日本のArgo計画はミレニアムと同じ規模で続けられています。

図22: JAMSTECむつ研究所の高圧水槽を用いた、
フロートの事前調整の様子

日本はこれまで、年間約100本のフロートを投入してきました。フロートの投入は関係省庁、機関、大学、高校など、様々な船舶のご協力を得て、オールジャパン体制で行われています(南極観測で有名なあの「しらせ」にも御協力頂いています)。図23はそのうちの一つ、神奈川県立三崎水産高校の実習船によるフロート投入の様子です。この投入は高校生たちに地球環境について考えてもらうという意味で、非常によい教育にもなっています。こちら(
映像へのリンク)はダンボール箱(図24)を緩衝材に用いた、航走中の船からのフロート投入の様子です。商船や漁船などを含む、できるだけ多くの船に投入に協力して頂けるよう、シップタイムを無駄にしないために、またタンカーのような甲板の高い船からも投入できるように、こういったシステムの開発も行ってきました。

図23 図24

私たちはフロートの投入だけでなく、回収も行ってきました(図25)。これは、水温・塩分センサーの劣化具合を調べるためです。フロートの水温・塩分センサー(特に後者)は長い間海中にいると生物付着などにより徐々に測定値がずれてきます。船舶観測なら観測のつどセンサーのずれを直せますが、一度投入すると入れっぱなしのフロートではそういったことはできません。そこで、投入後1、2年経ったフロートを数本船で回収し、センサーの変化を調べました。もちろん、全てのフロートに対してこれを行うことはできません。フロートが観測した塩分の値は通常は、過去の多数の観測値と比較することでセンサーのずれを見積もり、必要に応じて修正を行っています。私たちのグループではこのようなデータの品質管理も行っています。

図25


4.Argoによって何が分かったのか

上で述べている通り、Argoの観測網はようやく完成に近づいた段階であり、フロートデータを用いた予測や研究もスタートしたばかりです。よって、何が分かったのかというよりは、何が分かりつつあるのかといった話になってしまいますが、Argoの成果を簡単にご紹介します。

まず、私の属しているArgoグループでは数値モデルを用いた予測は行っておらず、フロートデータそのものを解析することにより、海洋内部の変動を調べています。予測も重要ですが、そもそも海洋内部の変動自体がまだよく分かっていません。現在起きている変動を正しく理解し、それを数値モデルで再現できない限り、予測を正確に行うことはできません。よって、現在どのような変動が起きているのかを調べるだけでも十分価値があるのです。

上で示したフロート観測網から、例えば図26のようなマップが描けます。これは2006年10月の太平洋の深さ100mの水温分布です。暖色がついているのは水温が平年よりも高いところ、寒色は低いところです。このような分布が様々な深さについて描けます。塩分についても同様の図が書け、海洋内部の各部分で平均的な状態と比べてどれだけ水温や塩分が高いか、あるいは低いか、またそういった部分がどのように移動しているのかが分かります。強調したいのは、このような海洋内部のマップは、Argo以前は描くのが不可能だったということです。特に塩分分布などは、夢のまた夢でした。

図26

次は海洋が時間変化する様子をお見せします。図27(動画。重いです)は、太平洋の海面高度が毎月変化する様子を立体アニメにしたものです(南西方向から見た図です)。全球の海面にはおよそ2mの凹凸があり、上で説明したように大規模な流れは海面の等高線に沿って、北半球なら山を右に見るように流れています。(例えば日本の南にある「山は、北半球の時計回りの亜熱帯循環に相当しています。) これを見ると、海洋をリアルタイムでモニタリングしているという感じがお分かり頂けると思います。ところで実は海面高度というのは衛星でも測っており、これと同じ図は衛星データを使っても描くことができます。ただ、Argoの強みはこれと同じ図が海洋内部の好きな深さで描けることです。つまり、海洋内部の流れの変化が分かるのです。

図27

次にフロートデータを用いた予測の一例として、水産庁の水産総合研究センターがこの4月から始める海況予報を紹介します。この予報システムでは、数値モデルに海洋の水温・塩分データを組み込み(天気予報と同じ原理です)、北西太平洋の2ヶ月先までの海況予報を毎週行います。図28は予測の一例で、2004年4月2日の海洋データを初期値として計算した、2ヵ月後(6月3日)の海況です。図に示されているのは海面高度で、日本のすぐ南の等値線の混んでいるところが黒潮に当たります。2ヵ月後に実際に観測された黒潮流路が白い破線で示されていますが、モデルの予測とよく合っています。黒潮の変動は太平洋沿岸域の水温に影響を与えますので、沿岸漁業にとって重要です(図28-2)。この予報モデルに組み込まれるデータは沿岸域では水試の船舶観測データが多いですが、外洋域ではほとんどがArgoデータです。こういう予報ができるようになったのもArgoが始まったからだと言えます。このように、Argoは水産業にも大いに役に立っています。

図28 (遠洋水研 植原量行氏提供) 図28-2: 2007年1月16日付
読売新聞(Web版)記事


5.Argoの未来

次に、今後期待されるArgoの発展について簡単にご紹介します。まず、技術の発展に伴い、様々な量が測定可能になることが期待されます。海洋物理の観測では水温と塩分が主な測定項目ですが、化学・生物分野に目を広げますと、様々な観測項目があります。主なものを挙げますと、
これらのうち、溶存酸素とクロロフィルはセンサーを用いて測定可能であり、これらのセンサーは2、3年前からフロートに搭載され始めました(図29)。また二酸化炭素センサーについては、現在JAMSTECむつ研究所の化学系グループが、フロートに搭載できるような小型のものを開発中です。今後、このような様々な量がフロートを用いて自働観測できるようになり、海洋の変動に関する我々の知識は爆発的に増大するはずです。

図29: フロートに搭載されたクロロフィルセンサー
(東大海洋研 安田一郎教授提供)

また、次世代型Argoフロートの開発も行われており、最近実用化されたのがスローカムと呼ばれるタイプのフロートです(図30)。これはいわば、翼のついたArgoフロートで、角度をつけて沈降することにより、水平方向に移動できます。Argoフロートは流れに身を任せていましたが、スローカムは狙った場所で観測が行えます。よって、Argoではできなかった定点観測や300km四方あたり1個のArgo観測網では分解し切れなかった小さい空間構造(黒潮など)の観測が可能となりました。将来的には、これが現在のArgoフロートに代わり、スローカムを全球に配置した「スローカム計画」が行われることになるかもしれません。

図30


6.おわりに

最後に、海洋観測の重要性をもう一度訴えたいと思います。

気候変動は人類の生活に直結する最重要課題であり、その中でも現在、特に重要なのが地球温暖化です。世界の平均気温は1906-2005年の100年間で0.75℃上昇していますが(図31)、海洋の貯熱量もこの50年で大きく増加しており、深さ3000mまでの熱量が1955-1998年の43年間で1.45×1023J増加しています(図32)。これがどのくらいの熱量かといいますと、もしこの熱量を大気が吸収した場合、平均で28℃昇温することになります。ということは、地球温暖化の熱は現在のところ、大部分が海洋によって吸収されていることになります。

図31: 世界の年平均地上気温の
平年差の経年変化
(気象庁HPより)
図32: 全球海洋の貯熱量の経年変化
(Levitus et al., 2005)

温暖化の結果、海洋の熱膨張と氷河融解による海洋への淡水流入のために海面上昇が起きており、ツバルなどの標高の低い島国が水没の危機に瀕している(図33)のは皆さんもご存じの通りです。2007年2月に出された「気候変動に関する政府間パネル」第4次評価報告書によりますと、1961-2003年に地球の海面水位は年1.8mmの割合で上昇、さらに21世紀末までに18〜59cm上昇すると予測されています。

図33: ツバルの高潮被害
(NGO「Tuvalu Overview」HPより)

温暖化により、世界中の海を巡る深層循環が大きく変わる可能性も指摘されています。図34は「極北の海水 「甘く」なった」と題された、2007年1月4日付の朝日新聞記事です。世界の海洋を巡る深層水は、世界の中でもごく限られた海域、北大西洋のグリーンランド沖と南極周辺で作られます。これらの形成域では非常に冷たく、塩分の濃い、つまり非常に密度の高い海水が海面から海底まで沈みこみ、これが世界の海洋の底層へ拡がっていきます。ところが近年、この北大西洋の深層水形成域で塩分の低下が報告されています。これは温暖化により、グリーンランドの氷が解けたり、降水分布が変わったためではないかと考えられています。形成域で塩分が低下すると、深層水の沈みこみが弱くなり、この深層循環が大きく変わって世界の気候に劇的な変化を及ぼすことがあるかもしれません。このテーマを描いていたのが、2004年の映画、「デイ・アフター・トゥモロー」(図35)です。

図34 図35

さらに、気温や貯熱量の変化には、直線的な温暖化傾向に加え、様々な周期の変動が存在しています。中・高緯度では年周期が大きいですが、20年周期、50年周期といった長周期の変動も存在しています。そのため、1960年代ぐらいは気温が低下しており(図31)、私が子供の頃はもうすぐ氷河期が来ると言われていたくらいです。こういった長期変動のメカニズムは未解明ですが、海洋が重要な役割を果たしているのは間違いありません。また、同じく顕著な経年変動を示すものに水産資源があります。図36はマイワシの漁獲量の変動を示していますが、漁獲量は1930年代と80年代に非常に大きなピークを持ち、それ以外の時期は極めて少なくなっています。こういった変動も海洋の長期変動と密接に関連していると考えられています。

図36: マイワシ年間漁獲量の変動
(講談社「海と環境」より)

以上ご紹介した様々な気候変動問題においては、いずれも海洋がキーとなっています。Argoのような海洋観測の重要性がお分かり頂けたと思います。特に海洋観測で重要なのは、 Argoはこれまで順調に発展してきましたが、最近は他の分野との競争もあり、予算的には決して楽観できません。Argoの維持と発展のために、一般社会の理解と支持を強く訴えたいと思います。

最後にもう一つ強調したいのは、Argoが重要である一方で、従来からの船舶観測も等しく重要だということです。アルゴは画期的な海洋観測システムですが、様々な面で限界があります。定点観測や細かい空間構造、10日より短い周期の変動、2000mより深い深層、そして多くの化学・生物的要素の観測は、今のところはArgoでは測ることができません。Argoだけでは海洋の全てを測ることはできないのです。これを相補的に補うのが船舶による観測です。その代表が1990年代、Argoが始まる前に行われたWOCE(世界海洋循環実験)です。これは、一度きりではありますが、全球海洋に図37のような測線をとり、その上に非常に細かく観測点をとり、各点で様々な物理・化学量を、できるだけ高精度で、海面から海底まで観測したというプロジェクトです。そのデータは公開され、これまで様々な成果を生んできました。

図37: 太平洋のWOCE観測ライン

現在、世界各国が協力し、15年ほど前に行われたWOCEの再観測を始めています。これには、JAMSTEC地球環境観測センターの海洋大循環観測研究プログラムも参加しています。図38・39は雑誌Natureに載った彼らの成果ですが、北太平洋のアリューシャン列島南の測線(図38)で1985年から1999年にかけて、海底近くの底層水の温度が1000分の5度上昇していることを見い出したというものです(図39)。比較的大ざっぱですが全球を満遍なく継続的に測ろうというArgoと、WOCEのような高精度船舶観測はいわば海洋観測の両輪であり、どちらが欠けても不完全です。こういった船舶観測も含め、海洋観測全体への理解と支援をお願いしたいと思います。

図38: 再観測を行ったWOCE観測線の位置
(Fukasawa et al., 2004)
図39: 図38に示される観測線における、
1999年と1985年の水温の差の分布
(Fukasawa et al., 2004)より


おまけ: Argo関連のWebサイト

Argoフロートの位置や観測データを簡単に見ることができます。ぜひ訪れてみてください。


(2007年1月30日作成; 2007年2月7日修正)


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